ツタンカーメンのファラオとしての特徴
ツタンカーメンは古代エジプト第18王朝のファラオ。9歳頃に即位し、19歳頃に亡くなった。彼の墓はエジプト考古学史上最も保存状態が良く、黄金のマスクなどの豪華な副葬品とともに発見された。このときに世界的なセンセーションが巻き起こされて以来、ツタンカーメンは古代エジプトの少年王として有名になった。
アメン信仰の再興
ファラオとして治世3年か4年の時に宰相アイと将軍ホルエムヘブの助言によって先々代アクエンアテンのアテン信仰で失われたアメン信仰の再興(一神教から多神教への回帰)に踏み切った。
抹消された歴史的な記録
太陽神アテンを信仰したアマルナ時代に含まれる王たちは後に異端として歴史的な記録から抹消されており、治世当初にアテン信仰だったツタンカーメンについては良く分からない部分が多い。
女体化した体型
古代エジプトの第18王朝で良く見られる近親婚による出生の影響で女体化が指摘される。美術品の様子からも窺われるが、衣服、特に下着とベルトの寸法からウエストが狭く、腰が丸かったと想像される。
虚弱体質か障害者
古代エジプトの第18王朝で良く見られる近親婚のよる出生の影響で虚弱体質か障害者だったかも知れない。ミイラのCTにスキャンにより、軽度の脊柱管狭窄症および脊柱側弯症を持っていたことが分かっている。そして右足は第2ケーラー病を起こしており、若くして杖を使って歩いていたと想像される。副葬品にも実際に使われた百三十本の杖が含まれていた。
優しく知的で活発な性格
副葬品の絵画などから性格は優しく、知的で活発で、特に狩りを好み、妻を伴って鳥狩りなどに出かけたと想像される。
子を失った経験
墓から二体の胎児のミイラが発見されたが、DNA鑑定により、何れも実の娘だったことが判明しているので、親として子供に先立たれていた。
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