日本の官僚主導の共産主義的な体制
資本主義の中にある計画経済 戦後の日本は、自由主義陣営(西側諸国)の一員として高度経済成長を遂げました。しかし、その内部構造を詳しく観察すると、アメリカ型の自由競争市場原理とはかけ離れた、独特なシステムが作動していたことがわかります。 それは、国家(官僚)が産業の方向性を決定し、企業がそれに従い、国民全体が果実を分け合うという、極めて共産主義的あるいは国家社会主義的な統治構造でした。この体制は、荒廃した国土からの復興と、欧米列強へのキャッチアップという明確な国家目標がある時期においては、驚異的な効率性を発揮しました。 体制の起源:1940年体制 多くの人は、この日本型システムが戦後に作られたものだと考えがちですが、経済学者の野口悠紀雄氏らが指摘するように、その起源は戦時中の総動員体制(1940年体制)にあります。 株式資本主義の否定と銀行中心主義 戦前の日本は、株主の力が強い典型的な資本主義でしたが…